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四国お遍路八十八ヶ所

四国八十八ヶ所お遍路について

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四国第一番霊場 竺和山 霊山寺

四国第一番霊場 竺和山 霊山寺について

住所:徳島県鳴門市大麻町坂東126
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電話:088-689-1111
アクセス:JR高徳線板東駅下車。徒歩10分
次の札所まで:徒歩20分 車5分 距離約1km
宿坊:有

天平年間(729年~748年)に、聖武天皇の勅願により行基が開基。
弘法大師が八十八使の煩悩の数にちなんで四国に八十八ヶ所の霊場開創を決意しこの地に来られました。大師は、人がもつ八十八の煩悩が滅却される事を願って、二十一日間の厳しい修法を行いました。その時、立ち姿の一老師を、数多くの菩薩が囲み説法を聞いている光景が見えました。それは、釈迦如来が天竺の霊鷲山で説法している様子に似ていると感じ、日本にある天竺・霊鷲山の意味で、竺和山 霊山寺と号し、四国霊場第一番札所に定めた。
仏教五穀の法則に従って、四国霊場を右回りに巡る遍路道が開かれ千二百年程になります。札所は何番から巡っても良いとされますが、正式には一番札所霊山寺からとなります。霊山寺は、発願の寺「一番さん」と呼ばれ親しまれています。本堂に安置された本尊釈迦如来は大師が自ら刻んだものとされ、左手に玉を持った坐像でです。
天正年間(1573年~1592年)の、長宗我部元親勢の兵火により堂塔を焼失。その後再建されたが、明治24年(1891年)に、再び火災で本堂と多宝塔を残し焼失しましたが、再建されました。多宝塔は応永年間(1394年~1428年)の建立で六百年の歴史があります。

仁王門をくぐった左側にある「縁結び観音」は、男女の縁だけでなく、仕事との縁など、様々な結びがあるとされています。

第一番札所ということもありここが巡礼の本部となっていて、お遍路に必要な白衣や金剛杖、納経帳などを揃えることができます。

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