別格九番札所 大法山 文珠院 徳盛寺 四国お遍路八十八ヶ所

別格九番札所 大法山 文珠院 徳盛寺のページです。
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別格九番札所 大法山 文珠院 徳盛寺

大法山(だいほうざん)文珠院(もんじゅいん)徳盛寺(とくじょうじ)は
愛媛県松山市恵原町308にある真言宗醍醐派の寺院。

四国別格二十霊場第九番札所

荏原城の西方にあり、四国遍路の開祖衛門三郎の屋敷跡に建てられたのが文珠院です。
弘法大師が衛門三郎の子供の供養と共に悪因縁切の修法をしたお寺です。

境内には大きな大師像、衛門三郎夫妻の石像が立ち、大師堂には衛門三郎由来の図が掲げられています。

近くに八塚(衛門三郎の子供の墓)と八窪(鉄鉢が八つに割れて飛んでいった八つの窪み)があります。
 

衛門三郎縁起
伊予の国浮穴郡荏原に「衛門三郎」という欲深い長者が住んでいました。
弘法大師がみずぼらしい格好をして訪れた時、衛門三郎は鉄鉢を取り上げそれを投げつけ、鉄鉢は八つに割れてしまいました。

翌日から8日間に8人の子供達が次から次へと亡くなりました。
自分の罪の深さに目覚めた衛門三郎は改心し、四国巡錫中の大師のあとを追いますが巡り会うことが出来ませんでした。

21回目の時、焼山寺の麓で病に倒れてしまいました。
すると、突然、枕元に弘法大師が現れ、彼の手に一寸八分の石に「衛門三郎」と彫りつけますといわれ、衛門三郎は安心して息を引きとりました。

その後、伊予の国主河野氏に男子が生まれました。
しかし、その子はいつまでたっても右手は握られたままで開きません。
そこでこの安養寺に願をかけましたところ、手の中から「衛門三郎」と書かれた石がでてきたのです。

その石をここに納めました。
その後、寺号を安養寺から石手寺に改められたそうです。

現在、その衛門三郎の石は大講堂の正面に安置してあります。
焼山寺の麓に杖杉庵(じょうしんあん)があり衛門三郎の墓があります。

本尊
地蔵菩薩

開基
弘法大師

宿坊:なし
TEL:089-963-1960

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