四国第七十一番霊場 剣五山 弥谷寺 四国お遍路八十八ヶ所

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四国第七十一番霊場 剣五山 弥谷寺

四国第七十一番霊場 剣五山 弥谷寺について

住所:香川県三豊郡三野町大見乙70
周辺地図を見る
電話:0875-72-3446
アクセス:JR予讃線詫間駅下車。善通寺行きバス7分 弥谷寺口下車。徒歩35分
次の札所まで:徒歩1時間10分 車10分 距離約5km
宿坊:無

天平年間(729年~749年)、聖武天皇の勅願によって開基、山頂から八ヶ国が望めることから蓮華山・八国寺と呼ばれていました。そのころ大師は幼少期で真魚とよばれ、この地の岩窟で勉強されていました。大同2年(807年)、唐から帰国された大師は、再びこの山で修行中、空から五柄の剣が下がった霊を感じて、本尊千手観世音菩薩像を刻んで剣五山・弥谷寺と改号し、第七十一番札所として定められました。

岩壁に埋め込まれたように建っている本堂の右には、阿弥陀三尊の磨崖仏が刻まれています。その周りには無数の仏像が刻まれています。伝説によると、弘法大師と俊敏大師が法力比べをし、弘法大師は仏像を、俊敏大師は井戸をほることにしたそうです。翌日、弘法大師は八万四千体の仏像を岩壁に彫っていました。井戸を完成させていなかった俊敏大師は、潔く負けを認めたそうです。それで弥谷山岩壁には、八万四千体もの仏像が刻まれているといわれています。
他にも大師が求聞持法を修した求聞持屈などがあります。

本道と同じように大師堂も岩に埋め込まれたように建てられています。大師堂の奥之院は「獅子岩屈」と呼ばれていて、ここで弘法大師が幼い頃に学問に励んだといわれています。この岩窟には大師像と父母の像が祀られています。父は阿弥陀如来の化身、母は弥勒菩薩の化身として祀られています。

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