四国第五十九番霊場 金光山 国分寺 四国お遍路八十八ヶ所

四国第五十九番霊場 金光山 国分寺のページです。
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四国第五十九番霊場 金光山 国分寺

四国第五十九番霊場 金光山 国分寺について

住所:愛媛県今治市国分4-1-33
周辺地図を見る
電話:0898-48-0533
アクセス:JR予讃線今治駅下車。桜井団地行きバス25分国分寺下車。徒歩2分
次の札所まで:徒歩8時間 車1時間40分 距離約30km
宿坊:無

天平13年(741年)の聖武天皇が諸国に国家鎮護のために金光明四天王護国之寺建立の勅令を発し、行基菩薩が本尊薬師如来を刻んで伊予の国分寺として創建しました。その後、3代目智法大師が住職の時に弘法大師が訪れて五大尊の絵像を残し、第五十九番札所として定められました。大師十大弟子の一人、真如も二年間滞留し、法華一部を染筆しました。
その後、繁栄しましたが、天慶2年(939年)藤原純友の乱、治承4年(1180年)源の頼朝の挙兵、貞治3年(1363年)細川頼之の兵火や天正12年(1584年)長曾我部元親の兵火のたびに焼失。43代目住職恵光上人が寛政元年(1789年)金堂を再建したのが現在の本堂です。

境内には伊予十大名椿の唐椿が植林されています。開花時期には艶やかな姿で、遍路の心を和ませてくれます。菊に似た大輪の花は一見の価値があります。

書院には弘法大師が描き残した五大尊の絵像一幅や南北朝時代ものもといわれる、国分寺文書三巻、室町時代の作といわれる、不動明王像の紙本着色、弘法大師の画像、大般若経などの貴重な文化財が数多く収蔵されています。

境内の右側に黄色い前掛けの七福神が祀られています。掛けられている前掛けを持ち帰って、願いが叶ったら新しい前掛けをお供えをするという風習があります。

また、同じく境内の右側にある壺は薬師如来のものといわれていて、健康を念じて壺に触れながら薬師如来の御真言を唱えると病気が治るといわれています。

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