四国第四十三番霊場 源光山 明石寺 四国お遍路八十八ヶ所

四国第四十三番霊場 源光山 明石寺のページです。
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四国第四十三番霊場 源光山 明石寺

四国第四十三番霊場 源光山 明石寺について

住所:愛媛県西予市宇和町明石201
周辺地図を見る
電話:0894-62-0032
アクセス:JR予讃線卯之町駅下車。徒歩35分
次の札所まで:徒歩21時間 車2時間 距離約90km
宿坊:有

欽明天皇の勅願により円手院正澄が開基し、天平6年(734年)役行者小角から五代目の寿元が熊野より十二社権現を勧請し修験道場としました。弘仁13年(822年)弘法大師が嵯峨天皇の勅願により堂宇を修復し、第四十三番札所として定められました。
建久5年(1194年)に、源頼朝が命の恩人である池禅尼の菩提を弔い、阿弥陀如来を安置し経塚を築いて、堂宇を修繕しました。この時、山号を現光山から源光山に改めたといいます。その後、武士の帰依が篤く、室町時代には西園寺氏の祈願所となり、寛文12年(1672年)には宇和島藩主伊達宗利が、現在の御堂を建立したと伝えられています。明治維新までは、明石寺は神仏習合で、伽藍は明石上の坊、住職は別当職と呼ばれていたそうです。当時、神殿には熊野権現を祀っていましたが、神仏分離で熊野神社は独立しました。
この寺には延命地蔵が祀られていて、子育てと病気祈願に御利益があることで知られています。

本堂の裏の山上に、西国巡拝の婦人が寄進した「しあわせ観音像」が鎮座しています。
左手に水瓶を持った観音像は、実に慈悲深いお顔をしています。周辺には西国三十三カ所の石像を配置していて、巡拝することができます。

明石寺の信徒が松・鶴・亀など、お目出たい絵柄の絵馬を描いて奉納したものです。1枚1枚に氏名と年齢が記入されていて、それぞれがとても個性的で目を楽しませてくれます。華やかな色合いが落ち着いた雰囲気の寺に彩りを添えています。

昭和9年(1934年)、地元に住んでいた池田ソヨさんに仏が化身。池田さんは、杉の根本を掘り返して欲しいと五ヶ月間願い続けていたといわれています。ある日、杉の根元を掘り返してみたところ、地下約3mの場所にお経石が敷き詰められていて、その下から、手のひらほどの金仏八体が出てきたそうです。

寺名の由来となった伝説があります。若く美しい女神が、深夜に願をかけながら大きな石を運んでいたといわれています。途中で夜明けがきたことに驚いて、消え去ってしまいました。この女性は千手観世音菩薩であるともいわれており、御詠歌の「だいばんじゃくもかろくあげいし」もこの伝説からきているそうです。

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