四国第二十七番霊場 竹林山 神峯寺 四国お遍路八十八ヶ所

四国第二十七番霊場 竹林山 神峯寺のページです。
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四国第二十七番霊場 竹林山 神峯寺

四国第二十七番霊場 竹林山 神峯寺について

住所:高知県安芸郡安田町唐浜2594
周辺地図を見る
電話:0887-38-5495
アクセス:JR高知駅下車。室戸行きバス 1時間25分唐の浜東下車。徒歩10分
次の札所まで:徒歩10時間 車1時間10分 距離約38km
宿坊:無

神功皇后が三韓征伐の戦勝を祈願して、天照大神や諸神を祀った神社として創建、その後、行基自らが、十一面観音像を本尊として刻み、大同4年(809年)、弘法大師が聖武天皇の勅命を受け伽藍を建立し、第二十七番札所として定められました。
明治初期の神仏分離令で廃寺となって、本尊の十一面観世音は金剛頂寺へ移されましたが、明治20年(1887年)に、住職の間崎天竜師が再建し、竹林山地蔵院と改め、その後、昭和に入って現在の神峯寺となりました。

この寺は三菱財閥創始者である岩崎弥太郎の母親が、息子の開運を祈願して熱心にお参りしたことでも知られている。
母親は安芸市の自宅から寺までの20キロの道を歩き難所「真っ縦(遍路ころがしといわれた急勾配の山道)」を越えて、約21日間も御参りを続けたそうです。弥太郎は明治維新までは土佐藩の下級武士であった岩崎家の出身から、日本を代表する大財閥の総師となることができました。

本堂へ向かう石段の脇から岩清水が流れ落ちています。この清水は霊水「神峯の水」と呼ばれ、北海道在住の女性が病の床につき、危篤状態の時に夢に弘法大師が現れ、大師は女性に鐘楼の後ろから湧く水を飲ませてくれました。目覚めた女性は一命をとりとめました。その後、その霊水を探して四国霊場をまわったところ、女性が夢に出た場所をこの神峯寺で見つけたそうです。
現在でも、難所を越えて、この霊水を汲みに来る人が多くいます。

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