四国第二十番霊場 霊鷲山 鶴林寺 四国お遍路八十八ヶ所

四国第二十番霊場 霊鷲山 鶴林寺のページです。
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四国第二十番霊場 霊鷲山 鶴林寺

四国第二十番霊場 霊鷲山 鶴林寺について

住所:徳島県勝浦郡勝浦町生名鷲ヶ尾14
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電話:08854-2-3020
アクセス:JR徳島駅下車。横瀬行きバス55分 生名下車。徒歩1時間20分
次の札所まで:徒歩3時間 車20分 距離約10km
宿坊:有

延暦17年(798年)に恒武天皇の勅願により弘法大師が開基しました。大師が修行中、雌雄の白鶴が金の地蔵尊を互いに守りながら杉に舞い降りてきました。大師は三尺の地蔵菩薩を刻み、その胎内に降りてきた金の地蔵菩薩を納め、本尊として安置し、堂宇を建立、山がインドの霊鷲山に似ていることから霊鷲山とし、鶴にちなんで鶴林寺と号し第二十番札所として定められました。
本尊が降臨した杉の木は、現在も本堂の左側にあって、信仰の厚い人は白い鶴を見ることができるといわれています。この杉のそばには大師が手植した菩提樹があります。
「一に焼山、二にお鶴、三に太龍」といわれていて、四国霊場札所で二番目の難所とされています。
他の札所は兵火によって消失した過去があるところが多いですが、鶴林寺は難所のためか兵火を免れています。

昔、猟師が 殺生を禁じられていたこの地で猪に矢を放って射止めたが、猪は本堂の中に逃げ込んでしまいました。猟師も猪を追って本堂に入りましたが姿がありません。不思議に思い本尊の厨子を開けると、本尊の地蔵菩薩の胸に矢が刺さっていたといいます。それから本尊は矢負地蔵とも呼ばれています。

参道にはお遍路の道しるべの丁石が十一基残っていて、徳島県では最古のものといわれていて、昔の鶴林寺への参道を知る上で貴重な資料となっています。

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