四国第十七番霊場 瑠璃山 井戸寺 四国お遍路八十八ヶ所

四国第十七番霊場 瑠璃山 井戸寺のページです。
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四国第十七番霊場 瑠璃山 井戸寺

四国第十七番霊場 瑠璃山 井戸寺について

住所:徳島県徳島市国府町井戸北屋敷80-1
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電話:088-642-1324
アクセス:JR徳島駅下車。覚円行きバス18分 井戸寺口前下車。徒歩3分
次の札所まで:徒歩5時間30分 車1時間 距離約20km
宿坊:有

天武天皇の勅願寺として白鳳2年(673年)瑠璃山妙照寺と号し開基されました。本尊の七仏薬師如来は聖徳太子の作といわれています。当時は末寺十二坊を持つ大寺院だったといわれています。
弘仁6年(815年)春、この地に来られた弘法大師が八尺余りの十一面観世音菩薩を刻まれ、他に十二神将四天王、日光月光菩薩像を刻まれ安置されました。十一面観世音菩薩は榧の木の一本造りで、現在は国宝とされています。
大師はこの地方が濁水であることを知り錫杖にて一夜のうちに清水が出る井戸を掘り、自分の面影を映して石像を刻みました。その時、寺号を井戸寺として第十七番札所として定められました。
貞治2年(1362年)と天正11年(1583年)に兵火に遭い焼失。その後慶長年間(1596年~1615年)に再建され、後年、阿波藩主蜂須賀公により再興されました。昭和43年(1968年)火災により全焼、現在の本堂は翌年から再建されたものです。

寺号の由来になっている「面影の井戸」。井戸を覗き込んで水面に自分の姿が映れば無病息災、映らない場合は3年以内に悪いことが起きるといわれています。

大師堂の右側に国の重要文化財とされている訶梨帝母天堂があります。これは鎌倉末期の建立で、鬼子母神が祀られていて、安産祈願の信仰を集めています。妊婦はお堂にある石を持ち帰って無事に出産を終えたら、石を二つにして返します。そのため、堂の前には小石が高く積まれています。

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