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四国お遍路八十八ヶ所

四国八十八ヶ所お遍路について

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四国第三十三番霊場 高福山 雪蹊寺

四国第三十三番霊場 高福山 雪蹊寺について

住所:高知県高知市長浜857-3
周辺地図を見る
電話:088-837-2233
アクセス:JR高知駅下車。桂浜行きバス20分 長浜出張所下車。徒歩5分
次の札所まで:徒歩2時間20分 車20分 距離約8km
宿坊:無

延暦年間(782年~806年)に、弘法大師が四国巡錫中、種崎に留錫し開基したと伝えられています。以前は少林山・高福寺と号し真言宗だったそうです。鎌倉時代に運慶とその子湛慶が訪れて、本尊薬師如来、脇士の月光菩薩、日光菩薩を刻み慶雲寺と改めました。
その後、荒廃しましたが、月峰上人が入山し住職となって再興し、臨済宗に改宗し雪蹊寺と改めました。
明治の廃仏毀釈で廃寺になりましたが明治12年(1879年)に再興されました。

運慶晩年の作といわれる本尊の薬師如来は、鎌倉時代の作風を今に伝える名品で国の重要文化財に指定されています。脇侍の日光・月光菩薩とともに檜の寄木造。この本尊を筆頭に雪蹊寺は「鎌倉仏像の宝庫」といわれるほど名品が安置されていて、それらは宝物館に納められています。

山本太玄の養子嗣法となった山本玄峰は若い頃に失明に近い状態になって、裸足で七回遍路に出たそうです。その途中で太玄と出会って、「心眼を開け」との言葉を授かりました。
玄峰和尚が太玄和尚のために建立した碑の裏側には太玄の生涯が刻まれています。
山本太玄と玄峰の話から、眼病祈願をし、御利益をもらった信者が奉納したといわれている「眼鏡の額」が寺宝とされています。現在は、大師堂に納められ非公開となっていますが、予約をすれば見ることができるそうです。

境内に入ってすぐ左側に、坂本龍馬の剣の師匠である、土居楠五郎の墓が祀られています。
現在の南国市十市である長岡郡十市村字糸木の郷士、高知築屋敷の日根野弁治道場の師範代として、龍馬が14歳の時から剣を指南し、龍馬の人格の形成にも大きな影響を与えたといわれる人物です。

寺を再興しようとしていた月峰和尚は、ある夜、幽霊に出会ったそうです。幽霊は「和歌の下の句ができない…」と嘆いたので、和尚は下の句を作ってあげました。
「墨染を洗へば波も衣きて
水も浮世をいとふころかな」
すると幽霊は出なくなったそうです。
歌詠み幽霊の話として伝わっています。

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