別格五番札所 高野山 大善寺 四国お遍路八十八ヶ所

別格五番札所 高野山 大善寺のカテゴリーです。
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別格五番札所 高野山 大善寺

高野山(こうやさん)大善寺(だいぜんじ)は
高知県須崎市西町1-2-1にある高野山真言宗の寺院。

四国別格二十霊場第五番札所

南路志によれば、大善寺は八幡山明星院大善寺といい、弘法大師が開いたといわれています。

宝永4年(1707)の大変までは須崎町古市町にあり、八幡神社の別当寺として寺運を続けていましたが、津波に流されたため、古城山のふもとに移ったものらしいです。

大師堂左手には大変の溺死者33回忌追福のため元文4年(1739)に建立されたお地蔵様が祀られています。

明治の廃仏毀釈により廃寺となり、後、明治29年(1896)、大師の霊蹟を惜しむ里人の手で再興され現在地に移転して、寺の再建を図り今日に至っています。

本尊は恵心僧都(えしんそうず)の作といわれる弘法大師ですが、当時は阿弥陀如来であり現在は行方不明のようです。

昔は、須崎の入海はきわめて広く、今の大師堂の地点は海に突き出た岬となっていました。

ここにあった「波の二ツ石」と呼ばれた二つの大きな波石は現在は土の中に埋まって見えなくなっています。

ところが同地は波浪いつも岩をかみ「土佐の親しらず」といわれ、波にさらわれて海の藻屑となるものも多く、そのうえ同地点は伊予石鎚山の末端に当たるので身に不浄あるものは、時々怪異に出会うといってお恐れられていました。

平安期の初期、弘法大師四国八十八ヶ所御開創の砌、そのことを聞いて海岸にたつ二つの岩の上で海難横死者の菩提のため、海上安全の為に発願され祈願されたのが、今の大師堂の起源です。

それ以来難儀も軽減したので、誰言うともなく「二つ石のお大師さん」と呼ばれるようになったといわれています。

本尊
弘法大師

開山
弘法大師

宿坊:有
TEL:0889-42-0800

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