四国第八十三番霊場 神毫山 一宮寺 四国お遍路八十八ヶ所

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四国第八十三番霊場 神毫山 一宮寺

四国第八十三番霊場 神毫山 一宮寺について

住所:香川県高松市一宮町607
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電話:087-885-2301
アクセス:高松琴平電鉄琴平線一宮駅下車。徒歩10分
次の札所まで:徒歩4時間30分 車40分 距離約17km
宿坊:無

大宝年間(701年~704年)、義淵僧正により法相宗の大宝院として開基されました。その後、勅命により諸国に一宮が建てられたとき、行基菩薩が讃岐一宮の田村神社を創建し、その別当寺となって神毫山・一宮寺に改号しました。
大同年間(806年~810年)、弘法大師がこの地を訪れ聖観世音菩薩像を刻み本尊とし、堂塔を修復して真言宗に改め、第八十三番札所として定められました。
天正年間(1573年~1592年)、長曽我部軍の兵火に遭い堂宇を焼失、後に宥勢大徳により再興しました。延宝7年(1679年)には高松藩主・松平公により田村神社より独立しました。本堂は元禄14年(1701年)、本堂が建立されています。

境内の石堂に薬師如来が祀ってあり、その下には地獄へ通じるといわれる穴があります。これが地獄の釜といわれていて、この中に頭を入れると、地獄の音が聞こえるそうです。

本堂手前の桜の木陰に3基の石の宝塔があります。宝治元年(1247年)の銘があり、隣の田村神社の祭神である孝霊天皇・百襲姫命・五十狭芹彦命の供養塔と伝えられていますが定かではありません。神仏分離の時、田村神社から移転されたものらしいです。

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