四国第八十一番霊場 陵松山 白峯寺 四国お遍路八十八ヶ所

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四国第八十一番霊場 陵松山 白峯寺

四国第八十一番霊場 陵松山 白峯寺について

住所:香川県坂出市青梅町2635
周辺地図を見る
電話:0877-47-0305
アクセス:JR予讃線坂出駅下車。王越行きバス15分高屋下車。徒歩1時間
次の札所まで:徒歩2時間30分 車20分 距離約8km
宿坊:有

弘仁6年(815年)、弘法大師が白峰山に登って山頂に如意宝珠を埋め、閼伽井を掘り衆生済度を誓願されたのがはじまりです。
その後、貞観2年(860年)、智証大師が白峰大権現の神託を受けて、海上に浮かぶ霊木で千手観世音菩薩を刻んで本尊として安置しました。
その後、荒廃を繰り返し、慶長4年(1599年)、高松藩主・生駒公が本堂を再建、文化8年(1811年)、松平公によって大師堂が再建されました。

勅額門の前に「玉章の木」と呼ばれるケヤキの木があります。
保元の乱によって讃岐に流された崇徳上皇は、都を偲んで「啼けばきくきけば都の恋しさに この里過ぎよ山ほととぎす」と詠んだそうです。すると崇徳上皇の心中を察し、玉章木で鳴いていたほととぎすが、このケヤキの葉を巻いて、その中にくちばしに入れて、声が漏れないように鳴いていたといわれています。

崇徳上皇の墓参りのため西行法師が白峰御陵をお参りしたとき、崇徳上皇の化身が現れて、復讐の執念を語ったそうです。
法師は化身を供養して山を下りますが、その後の歴史は崇徳上皇の化身が語ったとおりになったそうです。
平家は滅亡し、安徳天皇は若干8歳で壇ノ浦に入水しました。

表参道の途中にある十三重塔。高さ約5mで2基あって、重要文化財とされています。崇徳上皇の菩提を弔うために源頼朝が建てた万基の供養塔の一部ともいわれていますが、左の塔には弘安元年(1278年)、右の塔には元亨4年(1324年)と記されてあります。その付近には古い石塔や石仏がたくさん残っています。

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