四国第八十番霊場 白牛山 国分寺 四国お遍路八十八ヶ所

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四国第八十番霊場 白牛山 国分寺

四国第八十番霊場 白牛山 国分寺について

住所:香川県綾歌郡国分寺町国分2065
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電話:087-874-0033
アクセス:JR予讃線国分寺駅下車。徒歩5分
次の札所まで:徒歩2時間30分 車30分 距離約14km
宿坊:無

天平13年(741年)、聖武天皇によって国分寺建立の勅願が出され、行基菩薩が千手観世音菩薩を刻み安置し、讃岐の国分寺として建立されました。弘仁年間(810年~824年)、この地を訪れた弘法大師が本尊、堂宇を修復して第八十番札所として定められました。
その後、天正年間(1573年~1593年)に長曽我部軍の兵火に遭い、本堂・鐘楼以外は焼失。慶長4年(1599年)、藩主松平家によって再建されました。

本堂は鎌倉中期の建築で、かつての講堂を再建したもの。重要文化財とされています。同じく重要文化財の本尊はケヤキの一木造りで、秘仏とされています。本尊に「弘治三丁六月二十八日四国中辺路同行二人」「大永八年五月二十日安芸宮島一之浦同行四人南無大師遍照金剛」という落書きがあるところから、室町時代には遍路が来ていたことが分かります。

四国最古級といわれている鐘で、重要文化財とされています。昔、塩江町の百々渕にいた大蛇がかぶっていたものを、弓の名人が退治して国分寺に寄進したという伝説があります。
また、高松城主・生駒一正が高松城に持ち帰ったそうですが、鐘は全然鳴らず、城内外に怪異が続出。生駒一正が悩んでいたある日、病床の高松城主・生駒一正の夢枕に鐘が現れたりと、高松城主・生駒一正を悩ませた鐘でもあります。

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