四国第六十九番霊場 七宝山 観音寺 四国お遍路八十八ヶ所

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四国第六十九番霊場 七宝山 観音寺

四国第六十九番霊場 七宝山 観音寺について

住所:香川県観音寺市八幡町1-2-7
周辺地図を見る
電話:088-689-1111
アクセス:JR予讃線観音寺駅下車。善通寺行きバス6分観音寺中学校前下車。徒歩3分
次の札所まで:徒歩1時間10分 車10分 距離約5km
宿坊:無

大宝年間(701年~704年)、法相宗の日証上人によって開創され、神宮寺といわれていました。大同2年(807年)、この地を訪れた弘法大師は観世音菩薩像を刻み、堂宇を建立して安置し、7つの宝を埋め、山号を七宝山と改め、第7世住職となり、第六十九番札所として定められました。
その後、桓武天皇以降、代々の朝廷の勅願所として、又、武将からの信仰も厚く栄えました。明治の廃仏毀釈で本尊聖観世音菩薩像は第六十八番の神恵院から金堂に移されました。

観音寺の後ろに琴弾山があります。山頂から眼下に広がる有明浜に南北97m、東西122m、深さ1.5mの巨大な砂絵が彫られています。これは寛永10年(1633年)に讃岐領主生駒高俊がこの地を訪れるというので、歓迎するために付近の領民が一夜で作り上げたといわれています。
修復をかさねながら、現在もその姿を残していて、歴史を伝えています。

仁王門のそばにある小さな天神様の社。一夜庵主の山崎宗鑑が尊崇していました。ある夜、自分を呼ぶ声が聞こえてきましたが、沓(くつ)音だけで姿は見えず、後を追っていくとこの社で沓(くつ)音が消えたという伝説から、 沓音天神という名前がつきました。

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