四国第五十七番霊場 府頭山 栄福寺 四国お遍路八十八ヶ所

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四国第五十七番霊場 府頭山 栄福寺

四国第五十七番霊場 府頭山 栄福寺について

住所:愛媛県今治市玉川町八幡甲200
周辺地図を見る
電話:0898-55-2432
アクセス:JR予讃線今治駅下車。鈍川方面神子森行きバス19分大須木下車。徒歩20分
次の札所まで:徒歩50分 車20分 距離約4km
宿坊:無

弘法大師がこの地を訪れられた時、海上安全の祈願をして、満願の日に海中から阿弥陀如来の霊像が現れました。そこで大師は府頭山に登り堂宇を建立し安置しました。このことを嵯峨天皇が知って、勅願寺となりました。大師は第五十七番札所として定められました。
その後、貞観元年(859年)に、大安寺の行教上人が来錫。行教上人は宇佐八幡宮の霊告を受け御分身を山城の男山に創建するために、しばしば内海を往来していました。
その途中、暴風雨に遭ってこの地に漂着しました。すると府頭山が男山に似ている事に気付き、また阿弥陀如来が八幡大菩薩の本地仏でもあるため、山頂に上り祈願しました。すると本尊が夢に現れて霊告を受けました。そこで、境内に社殿を建立し、神仏混合の石清水八幡宮を創建したといわれています。
明治の廃仏毀釈で栄福寺は分離して、現在の場所に移転しました。

本堂の前には、インドのマハポーティー寺院にある菩提樹の足型拓本をとって庵治石で作られたという仏足石があります。

境内の片隅には、ふっくらと可愛い顔をした「お願い地蔵尊」があります。

昔、薬師堂の前でお花見でふぐを食べていた若者達が腹痛を起こして、残ったふぐを桜の木の根本に捨てたそうです。次の日お寺に来てみると、桜の木が枯れていました。お薬師さんが身代わりになったといわれています。以来、病封じにお薬師さんにあげられた線香の灰を持ち帰る人がたくさんいます。

栄福寺には、寛政12年(1800年)のお遍路の納経帳が残っていて、四国遍路の歴史上の貴重な資料とされています。

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