四国第五十四番霊場 近見山 延命寺 四国お遍路八十八ヶ所

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四国第五十四番霊場 近見山 延命寺

四国第五十四番霊場 近見山 延命寺について

住所:愛媛県今治市阿方甲636
周辺地図を見る
電話:0898-22-5696
アクセス:JR予讃線今治駅下車。大西・菊間行きバス 9分阿方下車。徒歩7分
次の札所まで:徒歩1時間 車15分 距離約4km
宿坊:無

天平年間(729年~749年)行基菩薩が本尊不動明王を刻んで近見山山頂に堂宇を建立しました。その後、嵯峨天皇の勅願によって弘法大師が再興し、近見山・宝鐘院・円明寺と号し、第五十四番札所として定められました。
その後、栄えましたが幾度も兵火に遭い焼失。享保2年(1717年)現在の地に移転し再建されました。本尊の不動明王は火災から免れています。
明治維新後、第五十三番札所円明寺と同じ寺号のため、現在の延命寺に改号されました。

今治市指定の文化財である梵鐘は、宝永元年(1074年)に当時の住職が私財を投じて鋳造したものです。周囲には延命寺(円明寺)の由来が刻み込まれています。この近見二郎(二代目の鐘)は現在は引退していて、近見三郎(三代目の鐘)が代わって使われていますが、年一度の除夜の鐘では二郎の音色が聞けます。

江戸時代の庄屋・越智孫兵衛は、農民たちを餓死から救ったことで知られています。「七公三民」の厳しい年貢の取り立てに憂いを感じて、池普請の際に麦粥を竹筒に詰めただけの農民の弁当を役人に見せたそうです。お陰で役人は、年貢を「六公四民」に免下げしました。それ以降も農民の生活向上に尽力し、享保の大飢饉の際には、一人の餓死者も出さなかったそうです。境内にはそんな彼を偲ぶ越智孫兵衛供養塔が建立されていて、毎年8月7日に慰霊祭を行っています。

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