四国第三十七番霊場 藤井山 岩本寺 四国お遍路八十八ヶ所

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四国第三十七番霊場 藤井山 岩本寺

四国第三十七番霊場 藤井山 岩本寺について

住所:高知県高岡郡窪川町茂串町3-13
周辺地図を見る
電話:0880-22-0376
アクセス:JR土讃線窪川駅下車。徒歩10分
次の札所まで:徒歩27時間 車2時間30分 距離約90km
宿坊:有

昔、岩本寺は福円満寺と号して、仁井田大明神の別当として天平年間(729年~748年)に、聖武天皇の勅願によって行基が開創したといわれます。
その後、弘法大師が弘仁年間(810年~823年)にこの地を訪れて星供秘法を修じ、5社、5ヶ寺を増築して仁井田5社、12福寺といわれていました。そして福円満寺を改め藤井寺として、第三十七番札所として定められました。5ヶ寺を増築したとき、一の宮に本地仏の不動明王、二の宮には観世音菩薩、中の宮には阿弥陀如来、四の宮には薬師如来、森の宮には地蔵菩薩を大師がそれぞれ本尊として刻まれたので、岩本寺には本尊が5体安置されています。
天平年間(1573年~1593年)に兵火に遭い焼失。金剛福寺の尊海法親王によって岩本寺として再興されています。明治の廃仏毀釈で廃寺になりましたが明治23年(1890年)再興されました。

平成8年に落成したお堂は、木造でありながら円形という珍しい建物です。本尊は大聖歓喜自在天、歓喜天や大聖歓喜天の名でも知られています。歓喜天はインドの神主であったが、仏道修行の誘惑者として様々な悪事を働いたとされています。後に、仏に帰依し、財宝の神様、博愛の神様として信仰を集めました。一般には商売繁盛、夫婦円満、子授け祈願、病悩祈願、盗難退散、財宝成就の民間信仰の対象とされています。頭は象、体は人の姿をしていて、単身と双身があります。この寺に安置されているのは双方とも象頭の双身のものです。

一人の信心深い狩人が、岩本寺の観音様に深く信仰を寄せていたそうです。その狩人は殺生をやめると、観音様に誓って願を掛けました。しかし、年貢が厳しく困った狩人は、自分の体を矢で射抜いてしまいます。
ところが、気がついたら一体の地蔵にその矢が刺さっていて、宝物が置かれていたそうです。
願を掛けた観音様は福観音、狩人の身代わりになった地蔵は「矢負い地蔵」と呼ばれていて、地蔵は岩本寺奥之院の本尊とされています。

昭和53年に建立された本堂の天井一面に、575枚の絵が描かれています。この絵は県展出品者からアマチュアまで約四百人が参加して仕上げたもので、洋画・日本画・水彩画・水墨画・ちぎり絵・マジックペン画・ペンキ画など様々な種類です。絵の内容も仏画、花からマリリン・モンローまで様々でです。

この寺には弘法大師にまつわる七つの伝説が伝わっています。
「三度栗」
大師の霊力で七回も花を咲かせ、三回も実るようになった栗の木の伝説(この栗の木は現在も境内にあります)
「子安桜」
難産の女性を、大師が桜の木で加持して安産させたという伝説
「戸たてずの庄屋」
盗難で困っていた庄屋のために大師が盗難よけの祈念をしたという伝説
「尻無し貝」
人々が怪我をしないように巻き貝の尖った部分を大師が除かれたといわれる伝説
「筆草」
大師が使い古した筆を植えたところ、筆にそっくりな草が生えたといわれている伝説
「口無し蛭」
大師が娘の血を吸った蛭の口を封じたといわれる伝説
「桜貝」
磯の貝が桜の花びらになったといわれる伝説

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