四国第三番霊場 亀光山 金泉寺 四国お遍路八十八ヶ所

四国第三番霊場 亀光山 金泉寺のカテゴリーです。
スポンサードリンク

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサードリンク

四国お遍路八十八ヶ所」応援の為によろしかったらクリックお願いします。
  ↓  ↓  ↓     ↓  ↓  ↓  
「四国お遍路八十八ヶ所」応援の為によろしかったらクリックお願いします。  「四国お遍路八十八ヶ所」応援の為によろしかったらクリックお願いします。

四国第三番霊場 亀光山 金泉寺

四国第三番霊場 亀光山 金泉寺について

住所:徳島県板野郡板野町大字亀山下66
周辺地図を見る
電話:088-672-1087
アクセス:JR高徳線板東駅下車。徒歩15分
次の札所まで:徒歩1時間15分 車15分 距離約5km
宿坊:無

天平年間(729年~748年)聖武天皇の勅願により行基菩薩が開基。その後、弘法大師が訪れた際に境内の井戸から霊水が出ているのを見て金泉寺と改め第三番札所として定められました。後に亀山法王が三十三間堂を建立、山号を亀光山と賜号されました。
それから皇室との縁が深く、南北朝時代は南朝の長慶天皇が晩年をこの寺で過ごし、応永元年(1394年)8月1日、51歳で崩御されたと記録にあり、天皇の御陵が境内に祀られています。天正10年(1582年)に、長宗我部勢の兵火により大師堂以外の諸堂を焼失。現在の建物は後に再建されたものです。本尊は三尺の釈迦如来。脇士の薬師、阿弥陀の三尊とも行基が刻んだものといわれています。

文治2年(1185年)の冬、平家を倒そうと屋島壇の浦へ向っていった源義経の一行が、戦勝祈願のためこの寺に立ち寄り、その時に弁慶が持ち上げた石が「弁慶の力石」と呼ばれ今も残されています。現在は境内西隣の庭園の横に置かれています。

観音堂の右手に小さなお堂に黄金の井戸と地蔵尊が祀られています。寺名の由来となった井戸は今もこんこんと湧水を続けています。
この井戸をのぞいて影がはっきりと映れば長寿、ぼやけていると短命という言い伝えがあります。
この井戸のそばに座っている地蔵さんは、北向き地蔵とばれ、首から上の病気に霊験があるといわれております。自分の悪い所と同じ部分を撫でながら願を掛けるとご利益があるそうです。

スポンサーサイト
スポンサードリンク

四国お遍路八十八ヶ所」応援の為によろしかったらクリックお願いします。
  ↓  ↓  ↓     ↓  ↓  ↓  
「四国お遍路八十八ヶ所」応援の為によろしかったらクリックお願いします。  「四国お遍路八十八ヶ所」応援の為によろしかったらクリックお願いします。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。