四国第十八番霊場 母養山 恩山寺 四国お遍路八十八ヶ所

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四国第十八番霊場 母養山 恩山寺

四国第十八番霊場 母養山 恩山寺について

住所:徳島県小松島市田野町恩山寺谷40
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電話:08853-3-1218
アクセス:JR牟岐線南小松島駅下車。萱原行きバス 10分恩山寺前下車。徒歩15分
次の札所まで:徒歩1時間 車15分 距離約4.8km
宿坊:無

聖武天皇の勅願により行基菩薩が開基しました。本尊の薬師如来も行基作といわれています。当時は大日山・福生院・密厳寺と号し、女人禁制の寺でした。その後百有余年を経て、弘法大師が修行中、母の玉依御前が訪ねたが女人禁制のため会うことができなかったとのことです。そこで大師はその橋の下で大師が七日間滝に打たれ女人解禁の修行を行い、女人開禁を祈願されました。祈願を成就された大師は母を寺に迎え孝養を尽くされました。その時、母養山・恩山寺と山号・寺号を改め第十八番札所として定められました。
寺へ向かう道の途中にある花折坂は、現在も女人禁制である。
天正年間(1573年~1592年)に兵火に遭い焼失しましたが、江戸時代に蜂須賀公の保護の元、再建されました。明治31年(1898年)に落雷で焼失し、その後再建されています。

大師が女人解禁を修した時に手植えした、毘欄樹は赤褐色の樹皮がはげ、木肌があらわになる姿が、賭け事をして身ぐるみはがされ、丸裸になった人のように見えることから、別名「バクチの木」と呼ばれています。葉は濃い緑色の長楕円型でこの葉からとった水は咳止めに効くといわれています。現在この毘欄樹は県の天然記念物となっています。

弘法大師に会うために母の玉依御前が、讃岐から旅をして訪ねた恩山寺。当時は女人禁制で息子である大師と会うことができず嘆き悲しむ母のために女人解禁の秘法を修めて、母を寺内に招き入れ孝行をしたといいます。その後、母の玉依御前はこの恩山寺で髪を切り出家し、その髪は今も大師堂の隣り合わせに建てられいる剃髪所に納められています。
これに由来し、寺号を母養山恩山寺と改められたということです。

大師堂には、弘仁5年(814年)、大師41歳の時に自らの像を刻んだものが本尊として安置されています。世の人々に福を招いて、難厄を除け、いかなる罪も消えるようにと、祈願しながら刻んだ大師像といわれています。

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