四国第十五番霊場 薬王山 国分寺 四国お遍路八十八ヶ所

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四国第十五番霊場 薬王山 国分寺

四国第十五番霊場 薬王山 国分寺について

住所:徳島県徳島市国府町矢野718-1
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電話:088-642-0525
アクセス:JR徳島駅下車。神山行きバス21分 国分寺前下車。徒歩10分
次の札所まで:徒歩40分 車13分 距離約2.2km
宿坊:無

阿波国分寺は奈良時代(710年~794年)の天平13年(741年)に聖武天皇が諸国に国家鎮護のために金光明四天王護国之寺建立の勅令を発し、行基菩薩が開基と伝えられています。
天正年間(1573年~1592年)の長宗我部の兵火により、鳥瑟沙摩明王堂だけを残して焼失。以降、廃寺となっていましたが、寛保元年(1741年)に阿波藩の命により吼山養師和尚が再建しました。宗派は宗派も法相宗から弘法大師により真言宗となって、現在の曹洞宗となりました。

境内に、七重塔の心礎といわれる心礎石が置かれています。天平12年(740年)に、国分寺造営勅命の前年に諸国の七重塔造営が命じられているので、天平年間(729年~748年)の建立と考えられます。この心礎は環溝型という珍しい形式で、興弾寺前の田んぼから発見されました。

遺跡としては中心伽藍の回廊跡や、築地跡、礎石等が発見されていて、出土遺物には土師器、須恵器、陶磁器、土馬、石帯、軒丸瓦、鬼瓦等があります。すべて徳島県の指定文化財となっています。

民間信仰の中で生きている仏、烏瑟沙摩明王は弘法大師が刻まれたもので不浄除けにご利益があります。別名「不浄潔金剛」とも呼ばれます。
本来は火の神で、火の力で汚れたものを浄化するといわれています。真言宗では不動明王・降三世明王・軍荼利明王・大威徳明王・金剛夜叉明王が五大力明王とされるが、天台宗では金剛夜叉明王の代わりに烏瑟沙摩明王を祀って五大力明王としています。特に禅寺などでは烏瑟沙摩明王を大事にしています。

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